6月議会の真崎一子議員の一般質問の発言です。

 日本共産党議員団のまさきいちこです。今年4月14日、16日熊本・大分を大地震が襲いました。家屋の倒壊や土砂崩れ等で亡くなられた方、助かった命を避難生活の中でなくされた方に対し、心からのお悔み申し上げます。また被災された方々にお見舞い申し上げます。 熊本は私の故郷です。故郷を突然襲った大地震、一日でも早い生活再建、復興を願って地震に関連した質問を行います。まず最初に、熊本県と大分県を中心にした九州地方の連続地震が続く中、鹿児島県川内原発1.2号機が、全国で唯一運転を続けていることに不安が広がっています。4月14日、16日の、熊本地方から始まった一連の地震は、熊本県益城町(ましきまち)から熊本市内へ、阿蘇地方から大分県内へと震源が広がり、一つの断層帯で発生した地震が別の断層帯の地震を誘発するかってない事態となりました。5月6・7日には、薩摩半島西方(にしかた)沖を震源地として連続地震が発生しました。この海底を通る活断層の延長上に川内原発があります。今回地震を起こしている布田川(ふたがわ)断層帯・日奈久(ひなく)断層帯は、南西側には川内原発、東側には四国・伊方原発があります。その危険性を考えれば、国は唯一稼働している川内原発の停止は当然検討するべきです。地震国日本で絶対安全な地域はありません。いったん過酷事故を起こせば、原発がどんな被害をもたらすのか、私たちは十分に福島の原発事故で学んだはずです。特に九州各地の地震の活性化は、阿蘇山をはじめとする雲仙、霧島、桜島などの火山活動に影響する可能性が懸念されており、原発の稼働を続ける危険性は明らかです。今こそ政府と電力事業者は、国民の命とくらしを最優先に、川内原発の運転中止を考えるべきです。稲村市長は、東日本大震災が起こった時に、原発の方向性を問われ、「将来的には原発はなくしていくほうが望ましい」と答えられました。そこで質問します。

質問1、①今回の熊本地震の状況を見て、あらためて原発はなくしていくという、市長の決意をお聞かせください。②いまだに川内原発が動いていることについて、市長はどのようにお考えでしょうか。③川内原発の稼働継続を中止するよう、国に求めるべきと思いますが、いかがでしょうか

 次に《公共施設の耐震化について》です。4月14日に震度7の熊本地震、震源地は熊本県益城町(ましきまち)、被害は益城町~熊本市内におよび、建物はひびが入り、家具が倒れ散乱しました。地震による直接死は9人。強い余震が続く中で人々は市町村が指定した避難所に避難をしました。4月16日未明、再び震度7の地震が、益城町を含む南阿蘇地域から大分県にまで被害が拡大しました。1回目でひびが入ったがかろうじて建っていた家屋が倒れ被害が広がりました。ライフラインは断たれ、高速道路、空港までもが運用できずに熊本県内が孤立状態になりました。2回目の地震による死者は40人。行方不明者1名はいまだに発見されていません。これまで経験したことがない想定外の大地震により、尼崎市役所と同じように老朽化した宇土市役所が倒壊しました。宇土市役所は、十数年前の耐震診断で震度6~7の地震には耐えられないとしながらも、財政上の理由で建て替えを先延ばししていました。地震後は隣接する市民体育館で業務を行っています。どんなに職員や市民に不便さや困難をもたらしたことでしょう。尼崎市では今年3月議会で、本庁舎の耐震化工事をおこない、現庁舎を今後20年間は使えるように延命化を図るということです。私は4月16日の熊本地震の映像を見て、今でも50年以上経過した本庁舎は同じような大規模地震が起こった場合、耐えられるのだろうかと不安になりました。たぶんここにいる人誰もが同じ気持ちになったのではないかと思います。

質問2、熊本地震と同じような地震が起こった場合、耐震化工事をしたとしてもすでに50年以上が経過した尼崎市役所は建っていることができますか。また、耐震化計画はどれくらいの地震に耐えられるものを想定しているのですか。

質問3、本庁舎が傾むいたり倒壊した場合も想定しておかなければなりません。その場合災害対策本部等の市役所機能はどこに設置されるのですか

これで第1問目を終わります。

第2登壇

 現在国内の電力消費は原発がなくても賄える水準で、川内原発を停止しても電力不足は起こりません。地震活動の活発化で危険な川内原発の停止は、切実な願いだけではなく実現可能な対策です。日本共産党議員団は、市長に「国に鹿児島川内原発の稼働継続を中止する等の申し入れを行うことの要望書」を、4月22日に提出しました。川内原発は予防的にも直ちに停止し、全国の原発は停止したまま廃止に向かうことこそ「地震大国」日本の取るべき道と考えます。

 5月24日の新聞報道で、海上保安庁が南海トラフ地震の想定震源域で、2006年度から行った海底地殻変動の観測結果をまとめ、南海巨大地震を引き起こす海側のプレートが陸側に入り込んで蓄積された「南海トラフのひずみ確認」と発表しました。このデータを分析すると、陸側プレートと海側プレートの沈み込みが年間2㎝~5.5㎝移動している。動きが大きい場所ほどひずみも大きい。南海トラフ巨大地震の一つ東海地震の想定震源域とマグニチュード8クラスだった東南海地震(1944年)と南海地震(1946年)の震源域の周辺に大きなひずみを確認しました。東・南海巨大地震で想定されるひずみの範囲は、西は宮崎県沖から東へ四国、和歌山、三重、愛知・静岡県沖に広範囲に示されています。想像を絶する巨大地震と津波が広範囲に起こるということです。また、大阪には豊中から大阪市内、岸和田を縦断している「上町断層帯」はマグニチュード7.5クラスの地震が、今後30年間で発生する可能性が活断層の中では高いグループとされています。大阪府と隣接する尼崎市は大きな影響は免れません。まさしく「地震大国日本」において減災と備えは各自治体の大きな課題であるといえます。第2問目は、近い将来起こるであろう巨大地震への備えについて質問していきます。

 まずは、《被災地支援について》熊本地震が起こった当初から、人命救助、水、食料、生活用品の輸送、給水活動、避難所や車中泊等の健康相談、被災した家屋の応急危険度判定、被害程度の認定活動等、必要な時期に的確な現地支援に努められた市職員のみなさんに敬意を表します。消防救助隊、保健師、水道局職員、被災建築物応急危険度判定士、家屋被害認定士など、専門職員が派遣され、被災された人たちと寄り添いながら活躍されました。21年前に起こった、阪神淡路大震災を経験した職員が少なくなっています。しかし東日本大震災時も人命救助・被災地の復興のために職員を派遣し、今も継続しています。その継続した支援が熊本でも主導的に被災地の職員へのノウハウの伝達に生かされている、とお聞きしました。

質問4、東日本大震災では長期間にわたり、職員を派遣し継続的な支援ができました。熊本地震の場合は継続的な支援を行っていくのでしょうか。また今後はどんな職種が、求められますか

 稲村市長は5月19日に記者会見をされました。熊本地震の復興支援にいった経験を踏まえた記者会見の内容だったと思います。そこで質問します。

質問5、市長が言われる、災害時対策本部のあり方を検討するというのは、どんな問題意識を持っておられるのでしょうか 

 次は《避難生活のあり方について》避難所の機能については、熊本地震では段ボールで区切り、狭い・プライバシーが保てないなどの深刻な状況が今も続きています。またトイレ不足・水不足、長時間の同一姿勢によるエコノミークラス症候群等、ストレスの蓄積による災害関連死が20人。2回の震度7の大地震で被災者から「一体どうなるのか。もう助からないのでは。本当に死ぬかと思った。」と強い恐怖を感じた人も少なくありませんでした。避難生活が長期化する中でストレスの蓄積と今後の見とおしがつかない不安が限界に達しています。自主避難所や車中泊を強いられている人には救援物資が届かない、中には長期間おにぎりとインスタントみそ汁のみ、パンのみ等栄養面でも問題があり、被災地では管理栄養士の支援要請が求められました。市長は、記者会見で避難所の運営について見直しを進めると表明されました。

質問6、あらゆる地震の特徴を想定した対策や、避難生活が長期期間にわたることも考慮した避難所のあり方も考える必要がると思います。どのような検討がされているのですか

 熊本地震による避難生活が課題となっています。大きな地震が連続して発生する下で、自家用車での車中泊や路上での避難生活を余儀なくさせられている被災者、大きな余震が続く中でも不安を抱えながら壊れた自宅に戻らざるを得なくなっている被災者もいる中で、すべての被災者の避難生活の改善が求められました。車中泊を始めたのは子どもの夜泣きが心配だから。避難所で子どもの声でトラブルが起きたと聞いて、車で生活している」と軽自動車に4歳・2歳の子と親子4人で寝泊まりする家族もいました。この家族には支援団体から、キャンピングカーを借りることができたそうです。公園にテント村ができましたが気温が急激に上昇したり、朝夕は寒さが残り体調不良を訴える人も多かったと聞きました。また自主避難したところが、指定避難所ではないため食料の支給がされなかった。という問題もありました。そもそも、熊本地震では事前に指定されていた県内の避難所のうち約70か所が、地震で損壊して使用できなくなりました。熊本市内の171か所の避難所のうち33か所が使えなくなりました。うち26か所が公立小中学校の体育館や校舎です。耐震化工事は2013年度で終了していたのにもかかわらずです。しかし建物の骨格部分ではなく、天井、照明器具、外壁など「非構造部材」の地震対策が終わっていなかったのです。そのため、車中泊や野宿をせざるを得なかった被災者もいました。尼崎市の避難所の確保と耐震化は大丈夫ですか。21年前の阪神淡路大震災、5年前の東日本大震災、今回の熊本地震等、地震規模が想定できない状況があります。近い将来に起こるであろうと言われている南海トラフ巨大地震等の備えは、大きく構える必要があると考えます。尼崎市は避難所に指定してある、小中高の学校の耐震化率は96.5%で、統廃合した小中学校の改築工事が残るだけとなりました。また各地域の支所・地区会館は順次、新耐震の施設に建て替える計画です。

質問7、避難所の確保は、小中高校、地域総合センターと建て替え計画中の各地区会館で十分足りているとお考えでしょうか。 

 今回の地震では避難所の生活は多くの問題を抱えています。プライバシー対策の仕切りや更衣室がない等生活改善が求められました。2011年3月25日に東日本大震災時の避難生活を受けて、内閣府の政策統括官、被災者行政担当の参事官が出した通知「避難所の生活環境の整備について」では、簡易ベッド、畳、マット、カーペット、パーテーション、テレビ、ラジオ、冷暖房機、仮設洗濯場、仮設トイレ、簡易シャワー、仮設風呂を設置しなさいと書いてあります。私は、地震の恐怖感や命からがら避難所まで逃げてきた市民にとって、最初にほっとできるのが避難所だと思います。でもその後、避難生活が長期化することで、ストレスやトラブルも多くあります。少しでも快適な避難生活が送れるように努力するのが行政の仕事です。最低限の備品の調達と設置は責任もっておこなってほしい。それは決して贅沢な要望ではありません。

質問8、国が通知した最低限の「避難所の生活環境の整備について」を受けての市はどのように対応されていますか

 尼崎市の備蓄状況は、6か所の各行政区で小学校1校に倉庫を設け、お米5100食や毛布1230枚、各種トイレ等20台を備蓄しています。しかし各行政区の避難所の収容可能人員は1万人~1万6000人に比べると、とても足りる数ではありません。すべての学校に備蓄品を準備するのも、費用もかかり、備品を順次更新するのも大変です。すべての避難者のために生活必需品の確保ができればいいのですがそれは不可能です。市民の危機意識を啓発し、日ごろから必要備品は最低限備えておく心がけは必要だと思います。私の娘婿は、今どきの子で地震の備えには無頓着な子だと思っていました。熊本地震が起こって、家に行ってみると大きなバックが用意してありました、どこかに行くのかと聞いたら「地震の備えで、せめて子どもの着替えと、おむつ、食べるものはまとめておこうと思って」と準備していました。人の意識というのは、人の親になったら変わるんだと感心しました。私も21年前の阪神淡路大震災後は、水や食料品等の避難備品をそろえたり、家具の固定等をしました。しかし月日とともに風化していきました。なかなか危機意識を持続させるのは難しいと実感しています。熊本地震をきっかけに、市民が避難訓練や地震の備え意識する、啓発活動が必要だと思います。

質問9、市民への災害時の備えやくりかえし避難訓練等の啓発活動を、行政がリードしてほしいと思いますが、いかがでしょうか

 最後に《福祉避難所について》です。熊本地震の被災地で、障がい者や介護を必要とする高齢者を受け入れる「福祉避難所」が十分機能していませんでした。被災者数が最多の熊本市では、福祉避難所として指定した176か所のうち開設は37か所と約2割にとどまっています。益城町は指定した5か所すべてで開設できず、阿蘇市も受け入れ協定を結んでいた17施設の受け入れはゼロ。介護が必要な人でも車中泊を強いられている中、施設の被災や住民が避難して受け入れの余地がないなどが障害になっていました。福祉避難所というのは、災害時一般避難所で生活困難な高齢者や難病患者、妊産婦らを受け入れる。災害救援法に基づき公費で運営される。国の指針で、手すりやスロープなどが設置され、バリアフリー化された施設で、要支援者10人につき相談員1人を配置するなどの要件が定められています。熊本市は受け入れが難航している理由として、①地震前から定員に達しており新規の受け入れができない。➁施設職員が被災して勤務できず人手が足りない。③施設が損壊して安全性が確認できずトイレなども使えない。などを挙げています。産まれたばかりの赤ちゃんが車中泊をしていて、沐浴ができないという状況もありました。視覚障がい者が一般の避難所で、トイレに行くことができずオムツでの対応をしなければならない等、人の尊厳にかかわる事態もありました。熊本地震では、障害者や高齢者等の災害時に一層弱い立場に置かれる人たちが、避難生活で人間らしく送れる保障は、現状では整っておらず、非常に多くの課題があることが浮き彫りになりました。尼崎市は総合老人福祉センター、長安寮、身体障害者福祉センター、たじかの園、あこや学園、身体障害者デイサービスセンターの6施設を福祉避難所として指定しています。しかし災害時使えない施設も出てくる中で、全く足りないのは、熊本地震の事例からもあきらかです。尼崎市はこの度、要援護者リストを完成させました。13万4000人をリストに掲載しています。災害時の要援護者は9万5638人。また要援助者を対象にアンケート調査をしました。自分の名前を名簿化し、リストを地域に繋ぐことに承諾した人は5万510人です。

質問10、要援護者の名簿化はできました。各地域につなげる支援体制はどの程度できていますか

 この度、市が準備している福祉避難施設の収容可能な人数は500人。要援護を希望する人のわずか1%です。これでは到底、災害時の要援護者のニーズに合った安心・安全対策とは言えません。また混乱の中、1施設に何十人・何百人と多人数の収容は不可能です。尼崎市には、介護老人保健施設が12施設、特別養護老人ホーム24施設、また多くのデイサービスをおこなう老人施設があります。障がい者施設や相談支援事業所も8か所あります。障害者作業所も福祉施設としての機能が備わっています。これらの施設等に、あらかじめ福祉避難所として、災害時には生活困難者の受け入れの協定を結ぶことが必要だと思います。

質問11、市も民間の福祉施設と協定を結ぶ努力はされていると思いますが、協定が進まない理由は何なのでしょうか。

質問12、また、建設予定の尼崎養護学校、看護学校や青少年施設として整備される旧聖トマス大学の施設も、福祉避難所として十分な活用ができると思いますが、いかがですか

 いざ災害時には、受け入れ困難な施設も出てくるでしょう。介護職員も日常的に人手不足であり、災害時にはさらにマンパワー不足が顕著になり困難な課題もあります。しかし協定結んだら自覚をもって避難訓練や備えなどの努力も行われるのではないでしょうか。1施設の受け入れは少人数でも構わない、多くの施設で受け入れる努力をして頂きたいことを求めて、私のすべての一般質問を終わります。